石原都知事は北京オリンピックに反対せよ!
−東京五輪にうつつを抜かすな−

 

東京都知事 石原 慎太郎 殿

平成20年3月24日
テイケイ株式会社
会長 高花 豊(東京都民)

 
 今回、チベット自治区ラサから拡がった一連の反中国の争乱は、中国当局の武力鎮圧により多数の死傷者を出す大惨劇となった。「チベット人権民主化センター」によれば、「少なくとも65人が死亡。数千人が負傷し」「数千人が逮捕、拘束された」(3月21日付、毎日新聞)が中国の人権抑圧の状況が白日の下に晒されたことにより国際社会では避難の声を強め、北京五輪ボイコットを検討する動きも出ている。

 ところで、この大弾圧を受けて、歯に衣を着せぬ中国批判で鳴らした都知事は本来であれば、真っ先にこうした暴挙を痛烈に避難するはずなのに、「起こるべき問題だった」と苦言を呈するに留まっているが、何を遠慮しているのか。

 すでに、東京都は西暦二〇一六年のオリンピック招致に名乗りをあげている。
そこで北京政府の妨害工作を恐れてのことだと思うが、都知事は攻撃の手を緩めたばかりか、北京五輪開会式への招待にも煮え切らぬ態度を示している。

 まさに独裁国家中国に首根っこを押さえられている格好であるが、「漢族化」に抗議したチベット人に対して非道なる暴虐を加えた中国を、なぜ堂々と非難しないのか。逮捕された者たちには拷問死、獄死、処刑、そして劣悪な環境下での長期の強制収容が待っているというのに哀れと思わないのか。また、都知事の立場として、一二〇〇万都民の生命にもかかわる中国製読餃子事件について、曖昧模糊とした発言しかしていないのは、なぜか。

 一体、誰のための東京五輪招致なのだ。石原都知事への支持の多くは、対中弱腰の政府や左翼ジャーナリズムへの不満が根底にあることを忘れてはならない。従って、東京五輪という足かせならぬ「口かせ」のために人権抑圧大国の暴挙に対して批判を躊躇することは全くバカげたことであり、都民は失望するばかりであろう。

 未来のオリンピック開催よりも、今“石原節”を響かせることこそが日本国民を覚醒させ自信
を与えるものであり、都知事は未来の役割に目覚め、ただちに中国を厳しく批判し、北京オリンピックに反対すべきだ。
 
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