「女系天皇こそ日本文明に適う」に対する批判に答える
 
『國民新聞』 平成19年2月10日
酒井 信彦(元東京大学教授)
 

 私が「諸君!」10月号に書いた論文(講演録)「女系天皇こそ日本文明に適う」に対して、いろいろご批判を戴いている。本紙にも深澤成壽・花見赫両氏のものが掲載された。

 従来私が書いてきた文章については、賛成であれ反対であれ殆ど反響が無いのが常であった。薦める人もあったので、この際、両氏に対する多少の反論と、私の考え方のベースになっている日本の現状及び将来に関する見解を述べておきたい。

 深澤氏は、この皇室典範問題について、「理非曲直の世界ではないのだ」と述べ、再三それを強調しているが、これではまともな議論は成り立たないことになる。問答無用で、初めから聞く耳を持たないと言っているのと同じである。

 ただし、氏が「この一点のみでよいからお答え戴きたい」言っている事項があるので、答えておこう。それは「『初代』が実在しないなら、二代も三代も百代も数える起点がない」と述べているところである。天皇の系譜は神話時代から歴史時代に連続しているのであって、起点が史実でなくても一向に構わないし、代数などは考え方によって幾らでも変わる。世界的に見ても、系譜とはそういうものである。

 この点に関連するが、花見氏は、私が「科学を持ち出すと、日本の天皇の歴史とその前の神代がつながらなくなる」といったことを取り上げて、「すると、朝廷の歴史を研究してきた東大教授は科学的考察をせずに天皇や歴史を考察してきたのか」と述べている。全く無関係なことを結びつけた無茶苦茶な議論である。

 また花見氏は、私が「今の日本は民族精神を骨抜きにされて自己を喪失した精神的奴隷だ、日本の亡国は既に始まっている」と述べたことに対して、「酒井氏は『おそらくもう間に合わない』と云って民族を見捨てている」とするが、これは馬鹿馬鹿しいほどの誤解である。そうでなければ、悪意に満ちた意図的な曲解である。

 そもそも私が日本の未来に全く絶望し、日本民族を完全に見捨てていたら、こんな発言をわざわざする訳がないではないか。男系絶対主義者が多くを占める保守民族派の人々の日本の現実と未来に対する認識が、余りにも危機意識が乏しく生ぬるいと考えるから、あえて発言しているのである。

 そこで私の日本の現実についての基本的認識と、未来の展望について述べることとする。日本の危機は、私が先の論文を公表したときに比べ、さらに一段と深まった。それは安倍政権が誕生したからである。では安倍政権誕生の意味は何か。それは日本の主敵であるシナ人による対日精神侵略が、まさに完成したからである。歴史問題を利用したシナ人のあからさまな苛め、差別、迫害に以前は勇ましいことを言っていた総理大臣が、ものの見事に屈服した。

 シナ人の精神侵略は、国家成立以前から開始され、友好作戦で同調者を作り出し、国交成立時の日中共同声明に歴史問題を盛り込み、82年の第一次教科書事件で爆発させ、以後、歴史問題で日本を精神的に仰圧し続け、国交成立から30余年を経て、対日恐喝外交は完成を見たのである。今後は、再び友好を唱えながら、私がシナ人による対日侵略の三段階論で述べた人工的侵略が主になって行くだろう。

 勿論、日本が精神的に従属しているのは、シナ人・中共に対してばかりではない。アメリカに対してもそうであり、シナ人とアメリカ人に両属していると考えればよい。ただし今後、アメリカは衰退して行き、軍事的にも日本から撤退するだろう。

 その時シナ人の軍隊が、軍事的空白を埋めるべく侵略してくることは間違いない。腑抜け民族に成り果てた日本人に、彼らと戦う気力は無い。またシナ人の侵略の最大の特徴は、単に軍事的に制圧するだけではなく、そこの居住民族を同化政策によって消滅させることである。これは中共において現実に進行していることである。

 日本人同化消滅政策の流れのなかで、皇室の男系絶対主義と皇室シナ起源の泰伯説が、積極的に利用されるだろう。かくて日本は国家としてのみならず、民族としても滅亡する。これが私の想定する最悪のシナリオである。現在、このシナリオ通りのコースを、日本は順調にたどろうとしている。現在の日本の危機の本質は、日本人に危機を危機と感じ取る知力、精神力が完全に欠如していることである。それを私は精神奴隷状態と表現しているのである。もっとはっきり言ってしまえば、日本人は既に精神的に死んでいる。

 深澤・花見両氏は、私のことを「ゾンビ、ゾンビ」と頻りに言うが、何のことはない、日本人全体が精神の亡者、精神ゾンビではないか。「ゾンビ」の称号は、両氏を含めた日本人全体に、熨斗を付けてお返しする。


 
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