不況の自殺者は日米経済戦争の戦死者である
 
神社新報(第2749号)平成16年(2004)7月12日
東京大学史料編纂所教授 酒井信彦
 

 現在の日本の社会がいかに異常な状態にあるのか、その具体例として、自殺の問題について述べることとする。イラク戦争などに関連して、人命尊重の平和主義が唱へられ、いかにも人命が大切にされてゐるかのやうに信じられてゐるが、自殺の問題を考へてみると、現在の日本では人命が驚くほど軽んじられてゐることがよく分かる。

「経済生活」が原因 平成10年以後に急増
警察庁の平成15年7月付「平成14年中における自殺の概要資料」(これはインターネットで見られる)の中の「補表1、年次別自殺者数」には、昭和53年から平成14年まで25年間の自殺者数と自殺率(人口10万人当たり)が、男女別の数字も併せて表示されてゐる。
  これによると平成9年までの20年間の自殺者数は、ほとんど2万人台の前半(最高は昭和61年の25524人)であるが、平成10年に32863人と前年より8472人急増し、その後の4年間も3万人以上を維持して下がらない。補表7に原因・動機別表があり、平成10年の急増時に、家庭問題・健康問題・勤務問題などもそれなりに増加してゐるのだが、もっとも顕著な増加を示してゐるのは経済生活問題で、3556人から6058人急増してゐる。以後、経済生活問題を原因とする自殺者は増え続け、平成14年には7940人なってゐる。
  ところで警察庁の資料では、10年に経済生活問題が原因で、自殺者が2502人増加したことになるのだが、これは正しいのだらうか。本当は約8500人の増加のすべては、基本的に経済問題が原因と考へてよいのではないか。
  それは日本全体の経済規模の変化から、推定することができる。『国民経済計算年報』(これもインターネットで見られる)によると、日本の国内総生産は平成7年の5兆3000億ドルから平成8年の4兆7000億ドルに10%以上の急減を示してゐる。平成不況と言はれるが、それまでは成長を続けてゐた国内総生産がこのとき急減し、以後は低迷を続けるのである。自殺者の増加とは2年程のタイムラグがあるが、それは不況の影響が社会に滲み透るのに、一定の時間がかかるからであらう。昭和53年から平成9年までの20年間、自殺者はコンスタントに2万人台の前半のレベルであり、それが平成10年以後約1万人増加したままで減少しないのだから、ごく大ざっぱにいって、自殺者約3万人の内、不況による自殺者は約1万人と考へてよいのではないか。
  ちなみに昨年の交通事故死者は7702人であり阪神・淡路大震災の死者は6433人であり9・11テロのニューヨーク世界貿易センタービルでの犠牲者は2749人である。つまり不況による自殺者はこの数年間で数万人となり、これはベトナム戦争のアメリカ軍戦死者に匹敵し、日露戦争の日本軍戦死者と大差の無い数字である。

対米隷属で敗けた政と官の怠慢無能
では景気の恢復がいはれてゐる現在、それは改善されたのだらうか。最近(6月10日)、厚生労働省の平成15年の人口動態統計が発表された。例の出生率の低下で騒がれたものであるが、同時に昨年の自殺者数も公表され、昨年より2133人増加して32082人で過去最高であるといふ(読売新聞6月11日付朝刊)。ただしこれは警察庁の数字と相違があるやうで、警察庁の方は平成10年から14年までの5年間で、12年・13年以外はこの数字より多くなってゐる。とにかく事態は改善されてゐないことが分かる。景気の恢復といっても、良いところは良くなったが、悪いところは悪いままで、明らかに貧富の格差が拡大してゐるのである。まさに政治家と官僚の怠慢・無能と言ふしかない。先の出生率の問題でも、かなり以前からたいへんだと騒がれながら、悪化する一方である。
  実は自殺者についても、厚生労働省は以前から問題として認識してゐた。朝日新聞の平成12年10月22日付朝刊によれば、厚生・労働両省は本格的な対策に取り組むことを決め「5年間で自殺者を約1万人減らすことを目指すという」とある。ここで削減目標として1万人といふ数字が出てくるのは、不況による増加分が1万人だからである。このときからすでに3年半以上経過してゐるのに、自殺者は一向に減ってゐないのである。
現在でもパチンコに毎年30兆円を浪費してゐる我が日本である。自殺者を救済するくらゐの金はいくらでもあるだらうに、それをしないのである。はっきり言ってやる気がないのである。
  では日本の経済不況はなぜ起きたのか。それはバブルの発生もその崩壊も、すべては政治家と官僚が、アメリカの言ひなりになったからである。経済主権を放棄し、アメリカに奉仕するために、日本経済が運営されたのである。日本の国家権力は最低の義務である、国民の生命・財産を護ることすら果たしてゐない。つまり不況による自殺者は、日米経済戦争の戦死者にほかならない。日米経済戦争の敗北を「第2の敗戦」といふのだが、ある意味でこれは第1の敗戦より深刻である。それは戦はずして負けたからである。

精神的主体性の喪失 無限に深い日本の闇
なぜさうなったのか。それは日本人が民族としての精神的主体性、民族意識を喪失してゐるからである。つまり大和魂を失ってゐるのである。靖国問題では最低限の抵抗を示す小泉首相も、対アメリカ関係では完全に隷属派であり、さらに野党も反米マスコミも左翼勢力さへ、第2の敗戦の真相を追究しようとしない。現代日本の闇は限りなく深い。いくら島国育ちのお人好し民族といっても、日本人の精神力がこれほどまでに惰弱になったことは、歴史上かつてなかったと言はざるを得ない。この精神的奴隷状態を脱却するには、大和魂を再興するしかない。その意味で神社界の方々に対する期待は、きわめて大なるものがある。

 

 
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