中国・中華は侵略用語である

―― シナ侵略主義の論理構造 ――

 

 

財団法人・日本学協会『日本』 平成16年(2004)2月号

酒 井 信 彦 東京大学教授

 

1、はじめに

現在の日本では、「シナ(支那)と言う言葉は蔑称であり差別語であると理解され、そのかわりに「中国」と言わなければならないことになっている。しかし「チャンコロ」と言うのは蔑称であろうが、シナは蔑称でもなんでもなく、戦前は公的に広く使用されていたし、現に東シナ海やインドシナなど地名として堂々と使用されている。シナ蔑称説は、意図的に作り上げられた神話・妄説に過ぎない。反対に中国あるいは中華と言う表現こそ、シナ人の他民族に対する侵略行為を正当化する侵略用語であり、真に犯罪的な言葉なのである。以下、本稿においてその理由を、できるだけ簡明に説明することにしたい。

 

2、中共(中華人民共和国)は侵略国家

 世界の近現代史は、西洋キリスト教国家による世界全体に及ぶ侵略と、そこからの被支配民族の独立の歴史であると言える。民族自決を標榜した第1次世界大戦後のヴェルサイユ会議では、民族独立はヨーロッパに限定され、アジアその他に及ばなかったが、大東亜戦争の結果、アジア、アフリカに多数の独立国家が誕生して、欧米白人による植民地支配体制は根本的に崩壊した。ただし第2次大戦後の独立の時代にもかかわらず、侵略支配が広範に残存する地域が2つあった。共産主義の多民族国家である、ソ連と中共である。しかもソ連はロシア帝国の後身であり、中共は清帝国の後身である。つまり近代的な帝国主義が崩壊した時代に、まことに皮肉なことに、それ以前の形態である前近代的帝国が、共産主義体制の形で生き残ったのである。

 しかし約10年前、ソ連が崩壊して10数の独立国が生まれ、積年の歴史的課題はかなり達成された。さらにチェコとスロバキアが分裂し、ユーゴスラビアも解体した。民族自決・民族独立の原則はより徹底化されたのである。したがって現在、最も深刻な民族独立問題を抱えた国家は、言うまでもなく中共である。中共は現実の侵略国家であり、シナ人は侵略現行犯民族である。例えばチベットでは、独立運動は徹底的に弾圧され、デモ行進をしようとすればたちまち逮捕されて、少女の尼僧が何人も拷問死している。曾てのソ連は民族の牢獄であり、悪の帝国であると言われたが、この言葉は現在の中共に最もふさわしい。中共の解体そして民主化こそ、現在の世界に課せられた最大の課題である。

 

3、シナ侵略主義の構造

共産主義の場合、異民族支配を正当化する理屈としては、ソ連で行われていた共産主義の民族理論がある。それは共産主義の国家になると、階級の差別が無くなるように、民族間の差別も無くなるから、多民族国家であっても、各民族は独立する必要が無くなる、とする理論であった。しかし現実には共産主義国家にも、階級の差別は存在し、共産党員と言う特権階級が他の階級を支配する階級国家であった。したがってソ連と言う共産主義国家の共産主義支配が崩壊すると、基本的に多民族国家であるソ連も解体したのである。しかし中共の場合、これとは全く異なる理屈でその異民族支配を正当化している。すなわち侵略を正当化する独特の哲学・イデオロギーが存在しているのである。これは一般に中華思想とか、中華覇権主義と呼ぶことがあるが、私はその悪質な本質を明確に認識するためには、一般には耳慣れない言葉かもしれないが「シナ侵略主義」と端的に呼ぶべきだと考える。

 シナ侵略主義の論理構造の特徴は、まず何と言っても民族概念の二重構造にある。つまり上位の民族概念と下位の民族概念とがある。中共は56の民族で構成される多民族国家であるとされているが、この56の民族とはあくまでも下位の民族概念で、例えば漢族(シナ人)・蒙古族(モンゴル人)・蔵族(チベット人)・朝鮮族(朝鮮人)などである。そして全体すなわち56民族総てを統合する上位の民族概念があり、これを「中華民族」と称するのである。つまり56の民族としては多民族国家であるが、中華民族としては単一民族国家であると言うことになり、中共憲法では「統一的多民族国家」と表記されている。そして中共では「中華民族の大家庭」と言う表現がしばしば使われるが、この家庭とは日本語でいえば家族のことであるから、国家を1つの家族に見立てる家族国家観である。したがって中華民族に属する人々はすべて、シナの伝説上の皇帝である黄帝の子孫であるとされ、同胞であるとされるのである。

 この中華民族が、中国民族であり中国人であるから、シナ人だけでなく56民族すべてが中国人なのである。そして中華民族・中国人の居住地が、中国の領土であることになる。これが中共における中国人・中国の公的な用法である。この事実を現在の日本人は、全くと言って良いほど理解していない。シナ人が他の民族の領土を侵略して行く理屈の要は、まさにここにある。まずある民族をその民族の意向と全くかかわり無く、一方的に中華民族に属することにしてしまう。そうするとその民族の領域は中国の一部であることになる。次にその民族を中華民族の大家庭に復帰させると称して、軍事行動を起こし、その民族の領土を武力併合するのである。具体的に言えば、チベットはまさにこのようにして侵略され併合された。

 それ以前の歴史において、チベットがシナ人に支配されたことは無かった。元王朝(モンゴル人支配)と清王朝(満州人支配)の時代に、チベットがその広大な帝国の領域に含まれたのは事実であるが、チベットに対する両帝国の支配は極めてゆるやかなものであり、実質的には外国との主従関係である冊封関係であった。清の時代はモンゴルなどと共に、直轄地(省・県が置かれる)と全く異なる「藩部」とされた。だから国王であるダライ・ラマが存在し続けたのである。そして清王朝の末期には事実上独立していたし、中華民国時代には完全に独立した。ただし中華民国政府はそれを認めず、常に侵略の機会を窺っていた。共産主義政権が成立して強大な軍事力を手中にした段階で、中華民国以来のシナ人の野望を実現したのである。しかし現在の中共では、チベットは元王朝以来、常に一貫して中国の一部であったと主張している。明白なる歴史の偽造である。元と清の間、シナ人の王朝である明の時代、チベットは完全に独立していた。こんなことは日本の高校世界史教科書に地図入りで載っている。にもかかわらず、あれだけ日本の歴史教科書に干渉してくる中共が、この記載に文句を付けてきたと言う話は全く聞かない。

 

4、シナ侵略主義の形成史

ではこの真に犯罪的なシナ侵略主義の理屈は、どの様に形成されたのだろうか。その完成者は、日本で最も有名なシナ人の1人孫文である。孫文の民族観は、2転・3転している。まず辛亥革命が成功する以前の段階では、「駆除韃虜、回復中華」(中国同盟会軍政府宣言、1906年)と言っていた。この韃虜は本来モンゴル人のことだが、ここでは清帝国の支配者である満州人を指す。つまり満州人を追い出して、「中華」を回復すると言うのだが、ここで注意しなければならないのは、この中華は先の中華民族の中華とは異なるのである。この中華は明らかにシナのみを意味している。元末にモンゴル人を追い出して、明と言うシナ人国家を再建したように、シナの独立回復だけが主張されている。

 ところが辛亥革命が成功して中華民国が成立すると、途端に孫文は変節して、「五族共和」を唱えるようになる。1912年1月1日の「臨時大総統就任宣言」(『孫文全集』)では、「漢満蒙回蔵ノ諸他ヲ合シテ一国トナシ、漢満蒙回蔵ノ諸族ヲ合シテ一人ノ如カラントス」と言った。つまりシナ人・満州人・モンゴル人・回教徒・チベット人が、共同して中華民国を運営すると言うのが五族共和である。したがって中華民国の領域は、清帝国の領域そのまま継承するのである。なぜこんなことを言い始めたかと言うと、シナ人固有の領土は清帝国の領域の数分の1に過ぎず、他の広大な地域は他の4民族の領土であったからである。ここにシナ人の邪悪な領土欲が剥き出しになったのである。ただし中華民国の実力では、これらの土地を基本的に手に入れることはできなかった。

 だがシナ侵略主義のイデオロギーは、さらに発展する。1921年、孫文の『三民主義の具体的方策』(『孫文全集』)では、「漢族ヲ以テ中心トナシ、満蒙回蔵四族ヲ全部我等ニ同化セシム」、「漢満蒙回蔵ノ五族ノ同化ヲ以テ一個ノ中華民族ヲ形成シ、一ノ民族国家ヲ組織シ」と述べるようになる。ここに今日に至る中華民族の概念が明確に出現している。しかも注目すべきは、五民族は平等では無く、あくまでも漢族=シナ人が中心で、他の四民族はそれに同化されるべき存在としていることである。このことをさらに明瞭に述べているのが、1925年、孫文の最晩年、広東での三民主義の連続講演(現在『三民主義』の著書とされているもの)の民族主義第一講(『孫文選集』)にある以下の言説である。

 

「では中国の民族はというと、中国民族の総数は4億、そのなかには、蒙古人が数百万、満州人が百数万、チベット人が数百万、回教徒のトルコ人が百数十万まじっているだけで、外来民族の総数は1千万にすぎず、だから、4億の中国人の大多数は、すべて漢人だといえます。おなじ血統、おなじ言語文字、おなじ宗教、おなじ風俗習慣をもつ完全に1つの民族なのであります」

 

 ここにはシナ人の本音の中の本音が、実にあからさまに語られている。つまり非シナ民族である満蒙回蔵四民族の存在など、完璧に無視してかまわないと、孫文は明白に言っているのである。これは、彼らに生存権は無く、抹殺すべき存在であると宣言しているのと同じである。これがシナ侵略主義のマニフェストである。また驚くべきは彼らを外来民族と決めつけていることである。彼らの固有領土を中華民国だと主張する巨大なウソをつく上に、さらに外来民族だとするウソを重ねるのである。平気でウソをつくシナ人の民族性が、如実に表れていると言えよう。すなわちシナ侵略主義の神髄は、単に侵略するだけでなく、非シナ人をシナ人に同化・吸収して消滅させるという、侵略の徹底性にある。その具体的な方法は、膨大なシナ人々口の海の中で、非シナ人を民族的・文化的に溺死させると言う方法である。これは伝統的にシナ人が用いて来た遣り方であって、孫文は先の民族主義の講演の中で、何度も自慢げに言及している。

 

5、中共の現実と更なる侵略

 さて中共が成立して清帝国の領土のかなりの部分は、侵略によって回復した。ただし外蒙古はモンゴルとして独立し、清末にロシアに奪われた地域も取り戻していない。中共になり建前としての五族共和は、56族共和に拡大された。また注目されるのは、満蒙回蔵の四民族は他の多くの非シナ民族と共に、ことさらにシナ人と区別して、「少数民族」として一括されることになった。少数民族のなかには、数百万の人口を有する民族が幾つもあり、数百万といえば世界の国々の中で平均的規模の人口であるが、シナ人と比較して少ないと言うだけで、少数民族と決めつけるのである。これは独立資格が無いほど少数であるかのような印象を与えるために、意図的に作られた悪質な政治的ネーミングであり、最大級の差別用語である。

 そして最も大事なことは、中共においては、シナ侵略主義に基づく民族抹殺政策が現実に着々と実施されているということである。すなわち侵略した地域に大量のシナ人移民を送り込んでいる。南モンゴル(内蒙古)や東トルキスタン(新彊ウイグル)ではかなり進行しているが、チベットでもそのためにラサまでの鉄道を建設中である。その一方人工抑制政策に名を借りた、非シナ人の出生抑制策が行われている。中共では一人っ子政策が実施されているが、「少数民族」には多少緩和されていると言っても、中共に併合されなければ全く自由なのであるから、はなはだしい人権侵害である。また亡命チベットは、強制的不妊手術が行われていると告発している。ユーゴ問題の際、「民族浄化」が話題になったが、民族浄化は中共においてこそ、極めて大規模に進行中なのである。

 シナ侵略主義は中共国内で発動されているが、更なる侵略に乗り出す可能性は、既に論理的に準備されている。例えば旧満州に多数居住する朝鮮人も、「朝鮮族」として中華民族の中に含まれている。もし中共が朝鮮半島の朝鮮人(北朝鮮及び韓国の国民)も中華民族であると認定すれば、朝鮮半島は中国の一部なるのである。このような例には、モンゴル人・タイ人・ベトナム人・カザフ人などがあり、独立国家を持たない民族なら、さらに多くの民族が、中共国内と東南アジア諸国に共通して存在する。では我が日本の場合はどうか。日本人は今のところ中華民族に属していないが、かって中共国内の日本人を少数民族の1つ「大和族」として認定したと報じられたことがあった。(『毎日新聞』昭和五十八年12月11日)これは結局誤報だったようだが、その認定は中共の行政機関が行うのであり、いつでも勝手に実施できるのである。

 

6、まとめ

 日本では、中共(中華人民共和国)を中国と言いながら、シナ語を中国語と言い、シナ人を中国人と言っている。これは中共においてすら公式には禁じられている、根本的に間違った用語法である。中共ではシナ語を漢語と言い、シナ人を漢族と言う。日本のような使い方をすると、中共にはシナ人しか居ないことになる。これでは中共のシナ人以外の諸民族の存在を完璧に否定し、観念的に抹殺することを意味する。まさにシナ人の本音、シナ侵略主義の民族絶滅政策に立脚した犯罪的表現である。現在の日本人はシナ人の侵略用語を無自覚に使い、更にその上に抹殺用語としてまで、後生大事に使っていることになる。多民族国家とりわけ侵略国家において、民族と国家は厳密に区別されなければならない。つまり私が本稿で用いてきたごとく、民族・文化概念としてはシナを、国家概念としては中共を使うべきである。