質 問 書

 

〒102−0074

東京都千代田区九段南2−7−6

財団法人 女性の為のアジア平和国民基金

理事長 村山 冨市 殿

 

                                                        平成19年3月20日

〒921−8025  

金沢市増泉4−10−22

石川の教育を考える県民の会

 会長 諸橋茂一

ファックス(076)242−1585                     

                             

貴殿は、首相時代、土井たか子(当時、衆議院議長)と組み、平成7年6月9日、「本日は本会議なし、各議員は選挙区に帰られたし」との通知を衆議院内に回し、卑怯にも、その通知を信じて多くの議員が各選挙区に帰った隙を狙って、午後8時前、本会議開会のベルを鳴らさせて、議員総数509人の内、265人の議員が欠席する異常な状況の下で、何と僅か230人の賛成で、「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議案」なる謝罪決議を強行したが、あまりにも汚いやり方であった為に、何の権威もなかったため、同年8月15日、貴殿は、(近代史に関してあまりにも無知なるが故かと推察されるが)「我が国は過去の一時期、国策を誤り…アジアの多くの国々に対して多大な損害と苦痛を与え…」という一方的な「(所謂)村山(謝罪)談話」を発表した。その事が、その後の我が国の名誉と誇りを大きく傷付けたのみならず、我が国の国益を大きく損なってきていることは正に許すべからざることである。貴殿の成した事は正に国賊行為であります。

そのことのみならず、貴殿は、首相退任後、「財団法人女性の為のアジア平和国民基金」(所謂アジア女性基金)の理事長に納まり、韓国、台湾、フィリピンを中心として、「慰安婦をしていたという女性達」計285人に対して、(勘違いして善意で寄付をした人達の基金等)5億6,000万円を不当にばらまいた様であるが、もっと酷いのは、その「アジア女性基金」なるものを運営するのに、人件費等で何と約50億円もの巨額の国費を無駄遣いしたことである。そもそも(当時は合法であった)「売春」をして破格の収入を得ていた「(元)慰安婦」の人達に対して、「お見舞い金」なるものを与える必要性は全くないにも拘わらず、それらの人達に対して多額のお金を与えた事自体が正に偽善国賊行為そのものであるが、その為の組織を運営する為に上記の様に多額の国費を無駄遣いしたことは、国費の濫用であり、全く言語道断である。下記各質問事項について、平成19年3月28日迄に(必着)御回答を頂きたい。もしも、御回答無き場合、若しくは御回答が不充分な場合は法的手段に訴えます。

御承知おき下さい。万が一、郵送で期日迄に間に合わない様であれば、取り敢えず、ファックスにて、送付して下さい。

 

 

「アジア女性基金」が「(元)慰安婦」の人達に多額のお金を支払う様になった根拠は、「(所謂)河野談話」にあると承知しております。その「河野談話」に関してお答え下さい。

@ 「(同)河野談話」には、「慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した」とあるが、その証拠を示されたい。

A 「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たった…」とあるが、軍が「業者」に対して、その様な要請をした証拠を示されたい。

B 「その場合、(慰安婦を募集した際)も、甘言、強圧など本人達の意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに荷担したこともあったことが明らかとなった」とあるが、「…官憲等が直接これに荷担した証拠」を示されたい。

2.        

@       上記のとおり、貴殿が、我が国の名誉と誇りを大きく傷付け、国益を大きく損なって、平成7年8月15日に、「他の国々には全く非が無く、

我が国だけが一方的に悪かったとする非常に歪んだ、当時の社会党の自虐史観からくる(所謂)村山(謝罪)談話」を出したその根拠を明確に説明して頂きたい。

A      貴殿が発表した「(所謂)村山談話」によると、我が国が一方的に悪かったと言う歪んだ歴史観となっているが、それならば、

イ. 米国が戦時国際法「ハーグ陸戦法規」に大きく違反して、我が国に2つの原爆を落とし、全国の主要都市に焼夷弾を落として、数十万人を超える

我が国の民間人を殺戮、殺傷した事を貴殿は国際法上、合法とするのですか?

ロ. 1905年、我が国がロシアに勝利した翌年、米国は、我が国を仮想敵国とした「オレンジ・プラン」を策定し、その後何度も見直しを繰り返していました。その事について貴殿はどう思われますか?

ハ. 開戦前、米国、英国、蘭國、中国が結託した我が国に対しての(所謂)ABCDラインによる経済封鎖を貴殿は正当なものであったと考えるのですか?

ニ.米国では、日本を追い詰める為に、1924年、日系米人迫害法であった「排日移民法」を策定し、日系米人に対して徹底的な迫害を続けました。貴殿はその事についてどの様に思われますか?

ホ.米国は、昭和16年7月25日、我が国の在米資産を一方的に凍結し、その後、英国並びに蘭国もそれに追従しました。貴殿はその事についてどの様に思われますか?

ヘ. 米国は、昭和16年8月1日、我が国を経済的に立ち行かなくする目的で、我が国に対して、「石油の全面禁輸」を実施し、その後、英国並びに蘭国も我が国に対して同様の制裁をしました。その事について、貴殿はどの様に思われますか?

ト. 昭和16年8月9日〜14日、米国のルーズベルト大統領(当時)と英国のチャーチル首相(当時)は、「大西洋洋上会談」を行い、我が国を追い詰め、我が国に第一撃を撃たせる為の相談をしました。そして、その後ほぼそのシナリオ通りにあらゆる手段を行使して我が国を追い詰めました。貴殿はその事についてどう思われますか?

チ. 米国は、昭和16年8月、日本と戦っていた蒋介石・国民党軍に対して「航空戦力援軍協定」を結び、中国に多数のパイロットと共に戦闘機を送り込み、我が日本軍を攻撃しました。ちなみに、その飛行隊は、「フライイングタイガーズ」(中国名は「飛虎隊」)と呼ばれており、フライイングタイガーズが日本軍に対して、最初の攻撃をしたのは、(我が国が真珠湾を攻撃する約1ヶ月半前)昭和16年10月20日だったということです。貴殿はその事についてどの様に思われますか?

リ. (所謂)「東京裁判」において、ただ1人国際判事の資格を持っていたパール博士をして、「この様なものを突き付けられたならば、ルクセンブルクの様な弱小国であっても矛を持って立ち上がるであろう」と言わしめた(最後通牒・所謂)「ハル・ノート」(昭和16年11月26日)をあなたは素敵で正当なものであったと思うのですか?

ヌ.しかも、その「ハル・ノート」は、今やソ連のコミンテルンのスパイであったということが明らかとなっている「ハリー・ホワイト」が米国と日本を戦わせる目的で作成したものであるということが明らかとなっています。その事について貴殿はどう思いますか?

ル. 前項の「ハル・ノート」を我が国に突き付けた翌日、米国のルーズベルト大統領(当時)は、米国太平洋艦隊に対して、日本に対する攻撃命令を出していました。貴殿はその事についてどの様に思われますか?

ヲ. 我が国が、真珠湾攻撃をした昭和16年12月8日は、米国では日曜日、つまり休日でした。しかし同日、日本海軍が攻撃してくる事を知っていた米国中枢部は同日、真珠湾にいた太平洋艦隊に対して全軍外出禁止令を出して、日本海軍の来襲に備えさせました。貴殿はその事についてどの様に思われますか?

ワ. 米国は、1776年に英国から独立した当時は、東部13州からなる国でした。処が、その後、周りの国々を侵略しながら、現在50の州で構成される大きな国となっています。しかも、メキシコを追い詰めて、メキシコの広大な領土を取り上げた、1836年の「リメンバー・アラモ」、スペインの広大な植民地を取り上げた、1898年の「リメンバー・メイン号」等、数々の謀略を行使すると共に、多数の先住民(インディアン)を殺戮しながら領土を拡大してきました。戦前の旧ソ連や英国並びに蘭国や仏国も全く同様です。(極く普通の理解力があれば)侵略というのは、米国や旧ソ連の様な国々を言うのではないですか?貴殿はその様な点についてどの

様に思われますか?

カ. 我が国はその様な侵略国と戦い、アジアやアフリカの多くの国々を直接、間接に開放したのですよ。ちなみに、戦前の世界における独立国家は、約50ヶ国、現在は、約200ヶ国となっております。我が国が多大な犠牲を払って「大東亜戦争」を戦っていなかったならば、未だ多くの国々は欧米の植民地のままであった可能性が極めて高いですよ。その様な点について貴殿はどの様に思われますか?

ヨ. ちなみに、1955年、第1回目の「アジア・アフリカ会議(バンドン会議)」が開催された際、我が国の代表として参加していた加瀬代表に対して、アジア・アフリカの代表の人達から、「私の国が独立出来たのは日本のお蔭です。本当に有難うございました」と握手責めにあったとのことです。その様な事実に対して貴殿はどの様に思われますか?  

タ. 昭和20年8月15日、日本が戦争に負けた後、インドネシアでは、約1,000名の元日本軍人が、ベトナムでは約800名の元日本軍人がそれぞれの国に残って各国の独立戦争を戦い、その独立戦争で、インドネシアにおいては、約700名の元日本軍人が戦死しています。小生は、4年前と昨年、二度インドネシアに行き、インドネシアの独立戦争に参戦された元日本軍人3名の方々とお会いして、「何故、戦後日本へ帰られずに、インドネシアの独立戦争に身を投ぜられたのか」を直接伺ってきました。すると、全員の方々が、「我々は、インドネシアをオランダから解放する為に戦っていた。しかし、志半ばで我が国が負けてしまった為に、インドネシアは再びオランダの植民地となってしまう様な状況になった。我々(日本軍人として)は、その様な中でインドネシアを見捨てて日本に還る訳にはいかない、と思い、この地に残ってインドネシアの青年達と共に4年半戦ってインドネシアの独立を勝ち得たのだ」と言っておられました。この様なインドネシアやベトナムの独立戦争は、正に「大東亜戦争」の縮図です。この様な現実について貴殿はどの様に思われますか?

レ. そのインドネシアの独立記念日は、(日本のお蔭で独立出来たという思いも込めて)戦後我が国では使わなくなってしまった皇紀で表現され、「皇紀2605年8月17日」となっています。貴殿はこの様な現実をどの様に思われますか?

ソ. インドネシアの独立戦争に参戦された元日本軍人の方々は、その功績により、インドネシア政府より、(最高位の勲章)「ナラリア勲章」や「ゲリラ勲章」を受けておられます。しかも、その方々が亡くなると、棺にインドネシア国旗が掛けられて国軍儀仗隊に担がれ、礼砲が撃たれて、国軍葬として執り行われ、非常に丁重に埋葬されています。この様な現実に対して貴殿はどの様に思われますか?

ツ.戦後、インドネシアの初代大統領・スカルノが初来日された際、スカルノ大統領は、日本のどの要人と会うよりも先に、インドネシア独立戦争に参戦した元日本軍人の中でも特に大きな功績を挙げた二人の元日本軍人の顕彰碑がある東京、芝の青松寺へ直行し、二人の元日本軍人に対して感謝の誠を捧げたということです。貴殿はその様な現実に対してどの様に思われますか?

ネ. 大東亜戦争中、日本軍が約8,000人のインドの青年達と共にインドの独立の為にイギリス軍とインパール大作戦を戦い、非常に大きな犠牲を出しました。その後、イギリスは、日本軍と一緒に戦ったインドの青年達を(東京裁判の様に)「裁判もどき」にかけて処刑しようとしました。日本人は、東京裁判が行われている時も、7名の方々が処刑された時も、静かにそれを見ていた訳ですが、インドでは全く違いました。「インドの独立の為に戦ったインドの青年達を処刑するとは何事だ!」とインド各地で暴動が起こり、それがインド全土に広がり、さすがのイギリスも手がつけられなくなって、昭和22年にやむなくインドの独立を認めたという現実があります。貴殿はその様な事についてどの様に思われますか?

 

ナ. 衆知のとおり、旧ソ連は国際法に大きく違反して、我が国と締結していた「日ソ中立条約」を一方的に破棄して、旧満州や南樺太並びに千島列島及び北方4島に不法に侵略し、多数の我が国民間人を殺戮し、凌辱や掠奪の限りを尽くしました。しかも、千島列島や北方4島に侵略してきたのは、我が国がボツダム宣言を受け入れ、降伏した後の事です。旧ソ連がやった事は全く言語道断です。貴殿は、その様な事実についてどの様に思われますか?

ラ. 衆知のとおり、旧ソ連は、戦後、国際法に大きく違反して、我が国の軍人約60万人(100万人という説も有る)をシベリアへ強制連行し、食事もまともに与えずに、酷寒の地で強制労働させて約60,000人(10万人という説も有る)の日本人を死に追いやりました。旧ソ連のやった事は全く言語道断です。貴殿はその様な事実についてどの様に思われますか?

ム. 衆知のとおり、旧ソ連は、国際法を大きく踏みにじって北方4島を不法に占領し続けています。(現在のロシアも同様)全く言語道断です。その様な事実について貴殿はどの様に思われますか?

ウ.1932年の(世界共産党統括組織)コミンテルン世界大会に参加して、その時に、「日本の天皇制を解体して、日本に社会主義国家を建設しろ!」という所謂「32年テーゼ」を受けて帰ってきた人達が日本共産党や旧日本社会党(旧社民党)の中心となったということは衆知のとおりです。全く言語道断です。貴殿はその様な事実についてどの様に思われますか?

ヰ.貴殿が党首を務めていた旧社会党(現社民党)の有力支持母体である「日教組」は、戦後、「教師は労働者である」(だから)「教師がストライキをして何故悪い」などと、それまで聖職と言われて尊敬の対象となっていた自らの立場を貶め、我が国の戦後教育を大きく歪め続けてきました。全く言語道断です。貴殿はその様な事実に対してどの様に想われますか?

ノ. 支那事変勃発の最も大きな要因となったのは、昭和12年7月29日の「通州事件」です。その概要を説明して頂きたい。

 

3.       以上の様な歴史経過をしっかりと勉強すれば、貴殿が抜き打ち的に発表した「(所謂)村山談話」なる様な実に馬鹿げた一方的自虐史観は出てくるはずがありません。貴殿はあまりにも近代史について不勉強極まりないのか?それともあまりにも幼稚過ぎるのか?或いは、確信犯的に我が国並びに父祖の方々を貶める事に生き甲斐を感じられるのか?何れにしても貴殿の思考は相当歪んでいると言わざるを得ません。(所謂)「村山談話」は全く言語道断です。貴殿に日本人の心が少しでも残っているのであれば、日本人としての名誉と誇りというものを理解する気持ちが些かでも残っているのであれば、貴殿に日本人としての血が些かでも残っているのであれば、貴殿こそ深く反省して、(所謂)「村山談話」を白紙撤回するべきでしょう。

このまま貴殿が生涯を終えるならば、貴殿こそ、我が国の歴史上最大の国賊、正に最大のA級戦犯として汚名を後世に残す事は間違いありません。

4.       日本人弱体化政策「3R5D3S政策」並びに「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」を根幹政策として、国際法に違反して「(所謂)東京裁判」を強行させ、我が国に憲法並びに旧教育基本法を押し付け、「教育勅語」を廃止させ、マスコミを徹底検閲すると共に、我が国国民に一方的な自虐意識を植え付ける為の占領統治政策を阻害する恐れのある書籍7,114種類を強制的に没収させ、焼却処分させた事を含めて、我が国を一方的に悪者にしようとしたマッカーサーが、昭和25年10月15日、ウェーキ島において、米国のトルーマン大統領に対して、「東京裁判は誤りだった」と言い、翌、昭和26年5月3日には、米国上院の軍事外交合同委員会において、「日本が戦ったその多くは日本の安全保障(自衛)の為であった」と明言しています。つまり、日本を一方的に悪者にしようとして全力を尽くした敵の総大将・マッカーサーが「そうではなかった」と言明しているのです。その事実について貴殿はどの様に思いますか?

 

5.       貴殿よりも遙かに優れた見識と優れた歴史観を持たれたアジア、アフリカを含む世界各国の指導的立場の方々が、「日本が多大な犠牲を払って大東亜戦争を戦ってくれたお蔭で、自分達の国々が独立出来た。のみならず、長期間続いた欧米による植民地主義(政策)に終止符を打つ事が出来た」と言っておられます。貴殿の歴史観はあまりにも大きくズレているのですよ。しかも、自分の祖国を悪し様に罵って、まるでそれが正しいかの様に大いなる錯覚をしておられるのみならず、我が国並びに父祖の方々の名誉と誇りを大きく傷つけ、我が国の国益を大きく損なっているにも拘わらず、一向に恥じる様子もない。 貴殿の神経は一体どうなっているのですか?いや恐らく貴殿の神経がおかしいのではなく、貴殿が近代史に関してあまりにも不勉強なるが故に、歴史観が大きくズレているのでしょう。

 一度しかない人生です。貴殿はこれまで全く近代史の勉強をしてこなかった様ですが、人生の最後にもう少し真剣に近代史の勉強をされたらどうですか?

以上