DV防止 逆風に反発
 
平成20年2月8日
朝日新聞
 

 夫婦や恋人の間での暴力(ドメスティック・バイオレンス、DV)を防ぐ行動に逆風が吹いている。抗議を受け、DV防止の講演会を中止にした自治体もある。危機感を持った被害者の支援団体や研究者らは、署名活動や集会を展開している。逆風の背景には、子どもの親権など離婚をめぐる夫婦の争いの激化もあるようだ。(杉原里美)

「家族を破壊」抗議で講演会中止 開催求め2700人が署名
 1月20日に予定していたDV防止の講演会を中止したのは、茨城県つくばみらい市。
内閣府の男女共同参画会議の専門調査会委員で東京フェミニストセラピィセンター所長の平川和子さんが講演予定だった。

 1月初め、市は「DV防止法は家族を破壊する」と主張する市民団体から「偏向した講演会を市費で行わないこと」 「開催するなら対等の立場で反対の発言を保障すること」などを求める要請を受けた。要請書には「普通の夫婦間に軽度・単純・単発的な『暴力』はあって当たり前。『夫からの暴力根絶』論は、過激フェミニズム」と書かれていた。
講演会に抗議するメールや電話、ファックスは約100通届いたという。

 その後市庁舎前で3人が拡声器を使った抗議行動をし、市は16日に中止を決定。
「当日の街宣活動を抑えられず、聴衆や講師に迷惑がかかると判断した」と説明している。
数日後、隣のつくば市にある高校が恋人間の暴力についての講義をやめるなど波紋は広がった。
同様の抗議を受けた新潟県長岡市は「反対意見があるからといって中止する理由にはならない」
と平川さんの講演会を1月末に予定通り開いた。

 平川さんは「つくばみらい市は弱腰で暴力に屈しているとしか思えないが、その自覚がない。
改正DV防止法では、基本計画の策定が市町村の努力義務になったというのに、この市の窓口に、被害者は相談しないだろう」と批判している。

 つくばみらい市の対応に、DV防止施策の後退を心配した研究者や地方議員らは「暴力から人権を守るための事業が、少数の威嚇によって実施不可能になるなら、『混乱を恐れて』自主規制する自治体が続出する」として、改めて市に講演会開催を求める署名を集め、2月1日、約2700人分を提出した。
東京大学大学院の上野千鶴子教授は「反対勢力は、DV防止法が家族を破壊するというが、家族を破壊しているのは暴力。それを防ぐのがDV防止法だ」と話す。 

 一方、講演会開催に抗議した「主権回復を目指す会」の西村修平代表は「公費で偏向した講演会を開くことはおかしいと考えるが、中止するとは思わなかった。反対意見と同時に、平川さんの言論も保障しなければいけない。講演会を開催するよう、市に要請したい」と話している。

事実認定より「安全が第一」
 夫婦間の暴力を犯罪と明記し、被害者保護と自立支援を目指すDV防止法。内閣府の意見募集に反対意見を出した「真のDV防止法を求める会」を運営する男性(43)は「本当のDV被害者は、救われるべきだ。しかし、離婚を有利に進めるために、被害者だと主張する人もいることを知ってほしい」と話す。

 首都圏の会社員(43)の場合、妻が2年前、息子を連れてシェルターに逃げ込んだという。前日妻ともみ合いになり、たたいたことが理由にされた。翌年、妻からの申し出でDV防止法に基づく保護命令が出たが、男性は即時抗告し、高裁で命令が取り消された。

 この男性は「妻は深夜に服を着ずにうろつくなどの奇行があり、詳細な日記をつけていたため、止めようとしただけでDVではないと認められた」という。

 別の男性(38)は、「『DVじゃありません』と訴える機会もない」と話す。妻はDVを理由に子どもを連れてシェルターに入った。1年半、どこにいるかも分からず子どもにも会えなかった。「出産にも立ち会いかわいがってきたのに」

 この会が求めるのは、妻だけでなく夫婦双方の話を聞き、DVかどうかの事実認定をすることや、DVの有無とは別に子どもとの面会を保障することなどだ。

 DV防止法による一時保護は、各都道府県の婦人相談所の所長が決定する。厚生労働省の通知で、被害者の健康や配偶者からの追跡の恐れ、経済状態などを総合的に判断し、必要と認められる場合に保護することになっている。ただ、婦人相談所には本当にDVがあったのか調査する権限はない。
「加害者に確認すると、どこの相談機関に行ったのか居場所がわかってしまうため、法の趣旨からも難しい」 (厚生労働省)

 全国女性シェルターネット共同代表の近藤恵子さんは「被害者が逃げてきているという事実が、DVの明確な証拠。暴力的な関係の中で育ったこどもも被害者だ。裁判所で面接交渉の取り決めが成立すれば父親に会わせられるが、加害者に居場所を知られないことが最大の安全である以上、シェルターにいる間の面会はできない」と話す。


DV防止法
 01年に議員立法で成立し、今年1月、2回目の改正法が施行された。
生命や身体に重大な危害を受けるおそれがあるとき、裁判所は被害者から申し立てを受けて、一定期間被害者と子への接近禁止や自宅からの退去を命じる保護命令を出すことができる。
今回の改正で脅迫も保護命令の対象となった。被害者は暴力を避けるためシェルター(避難所)で一時保護を受けられる。
保護命令申し立ては06年に2759件。DVを理由にした一時保護は06年度に4565人。

 
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