防大校長・五百旗頭真ミニ研究(III)
 

[職務に専念する義務]違反

五百旗頭の防大校長任命書には、上から「防衛庁(当時)教官に任命する、防衛大学校長を命ずる、指定職7号俸を給する」と3段書きになっている。まずは防衛省教官として採用され、その教官が同日付で防大校長を命ぜられたということだ。始めに教官(身分は制服自衛官・事務官等と同様、れっきとした自衛隊員)ありきで、従って教官(自衛隊員)としての義務や制限を受けているのだが、五百旗頭にはその認識は皆無だ。自分は特別の存在と信じきっているらしい。
  自衛隊法に示す「職務に専念する義務」の最初にこうある。

(職務に専念する義務)
第60条 隊員は、法令に別段の定がある場合を除き、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用いなければならない

 ミニ研究(U)で紹介した五百旗頭の凄まじい校外活動(その一つが次の座長就任)は、法が定めた隊員としての義務に違反していることは疑いがない。

政治家の寵愛の元での政治活動

五百旗頭の政治好きは、単なる民間人ならいざ知らず、防大校長としては厳に自制し慎むべきことである。にも拘わらず五百旗頭は、福田康夫首相(平成19年9月26日〜同20年9月24日)の要請を受けて「首相の私的外交勉強会」及び「防衛省改革に関する有識者会議」のそれぞれ座長を引き受けるのだ。
福田の五百旗頭への信頼は、報道などから察するに「心服・傾倒」に近いものだったようで、メディアでは谷野作太郎・元中国大使と共に「福田外交のキーマン」といった評価がなされていた。しかし福田政権の1年間の外交の惨憺たる実態は、日本の将来にマイナスになることばかりだった。以下にその数例を示す。

1.洞爺湖サミットの(G8首脳が一同に会する)全体会議で、議長を務めた福田は北方四島問題を議題にしなかったために、60年続くソ連(ロシア)の不法占拠を日本は不問に付すとのメッセージを世界に発信した。そればかりか、当時のソ連が行った日本と日本人への蛮行(60〜80万の日本軍兵士をシベリアに強制連行し、虐待や拷問により数十万人を殺した)を、国際社会にアピールする機会を放棄してしまった。

2.胡錦涛・中国国家主席の訪日時の日中首脳会談で、チベット問題や人権に全く触れない共同声明が出された。
  北京五輪を控えて、チベットでは自由を求めたデモが弾圧され、世界が中国の人権蹂躙に関心を深め懸念していた時期に、福田は「チベットのことは内政問題」とし「人権に関わるようなことがあれば心配」と全くヒト事のように語り、日本政府はチベット問題に何ら関心がないと表明してしまった。日中首脳会談では、チッベット問題を取り上げる意向のないことを、中国側に予め示していたのだ。

3.中国製の冷凍餃子中毒事件について、日本側の捜査ではほぼ100%原因が中国側とされていたのに、中国公安当局はテレビの全国中継で日本側の捜査結果を尽く否定するという暴挙に出た。これに対し福田は「中国は前向きでよくやっている」と評価。また同じ製品による中毒が中国でも発生したとの情報を、中国の要求に配慮して公表しなかった。
  この事件への政府の一連の配慮は、日本は強圧すれば思い通りにできるという中国の対日認識を、さらに強める結果となったし、事故発生後2年以上経った現在に至るも、中国は謝罪はおろか原因等公表もせずに頬被りしている。

4.平成20年4月26日、長野市で聖火リレーが行われた。この日の長野市で何があったか思い起こして貰いたい。あの一日、長野は中国人に文字通り占領され、チベット人や日本人のグループは、警察による厳しい監視と掣肘のなか、移動もリレー見学もままならなかった。これに反して中国人グループは、思うが侭に違法行為すら咎められることなく示威行動することができた。中国人によるチベット人とチベット支援の日本人への暴行も数多くあったが、警察に連行されたのは後者ばかりで中国人は皆無だった。
  筆者の友人で当日長野で警備に当った県警の幹部は、「中国人には絶対に不慮のことを起こさせるな」と上から厳命されたと言っていた。そして「これは官邸指示だと、皆分かっていた」とも。
  訪日直前の胡錦涛への配慮から、福田からの指令に基づく警備行動だったのは間違いないが、長野での実績は、必要とあらば在日中国人による地方都市占拠は容易に可能と、中国当局に確信を持たせることになった。

5.福田は、国土防衛の枢要兵器として保有していたクラスター弾(陸自用)と同爆弾(空自用)の廃棄を決めた首相だ。防衛省はこれの保有を死守していたにも拘わらず、外務省の巧妙な戦術によって、クラスター弾の全面廃棄条約賛成の流れが出来、福田という軍事忌避派の首相がこれにトドメを刺した。
  田母神は空幕長時代にクラスター(爆)弾の必要性を説き続けていたが、福田が廃棄を決めるに際して制服組の意見を聞くことはなかった。対人地雷の廃棄に続く、日本国防上の枢要兵器が、平和主義者を気取る政治家によって廃棄させられた。

6.福田は首相辞任を決めた以降は、事実上の隠遁生活に堕した。まだ首相(=自衛隊の最高指揮官)であるにも関わらず辞任表明後の9月3日、自衛隊高級幹部会同に代理も立てずに欠席した。また平成19年11月の同会同では、福田は栄誉礼辞退という最高指揮官としてあり得ない態度をとった。「文民統制」が姦しいご時勢だが、国家の命運を賭けて戦うべく義務付けられている国軍を、文民中の文民が儀仗礼を拒否し閲兵しなかったのだ。
  五百旗頭は口幅ったく文民統制を言うが、肝胆相照らした筈の福田のこの行為をどう考えるか。

7.「正論」(平成21年1月号)で防大OBの濱口が指弾している、五百旗頭の「防衛省改革に関する有識者会議」の座長就任だが、ここでも最大に問題視したい。その理由は、特に軍事組織にとって「指揮権と指揮系統」が正しくあることが命だからだ。五百旗頭は上司である防衛大臣を飛び越えて大臣の上司(首相)の幕僚に就いたのだ。異常極まる人事で、企業に例えて言えば、事業本部長の指揮下にある部署の長が本部長に断りもなく、その事業本部改革について取締役社長のスタッフを務めるのと同じだ。こんな社長が居ては、民間企業といえども間違いなく倒産する。
  福田という人物は、こんな常識すら持ち合わせない莫迦だが、五百旗頭が福田と同程度のレベルであるのは、座長に就任し、しかも上司である大臣の改革案と異なる案を提出したことで証明された。そして信じ難いことに、五百旗頭案が福田によって採用された。
  毎日新聞(平成20年7月22日)には大見出しで「五百旗頭案で収束」、小見出しで「揺れた防衛省改革」「首相、政府専用機から電話」とある。「首相からこんなに信頼されて、五百旗頭校長ってエライんだ」などと感心したら大間違いだ。防衛省幹部は、こんな校務でもなく、筋違いのことに精励する校長は、存在しては困る有害人物と認識するべきだ。

 上記1〜5のどれもが、福田が首相就任時に靖国参拝についての質問に答えた「あなたは友達がイヤがることをしますか? しないでしょ?」に収斂する。そして福田のトップ・ブレーンで福田外交のキーマンと称された五百旗頭と谷野は、特に対中認識について福田と一卵性双生児の如くであった。国益よりも中国への配慮を重んじることは、彼らにとって崇高な義務であり、仲間同士であることを示すアイデンティテーなのだ。
  田母神が保有維持を切望したクラスター爆弾の廃棄については、谷野の推進に加えて「他国が日本を攻めてくることは、絶対にありません」が持論の五百旗頭が、福田への強い影響力を発揮したと筆者は見ている。
  また6については、五百旗頭は「防衛省改革に関する有識者会議」の議長として福田の側近中の側近だったのに、高級幹部会同欠席とか栄誉礼忌避という、自衛隊と自衛官へのこれ以上ない侮辱をどうして諫めなかったのか。
  五百旗頭にとって「武人の誇り」とは、所詮「偏狭な愛国心」程度にしか理解していないのではないだろうか。

△ページトップへ
防大校長・五百旗頭真ミニ研究(I) ・ 防大校長・五百旗頭真ミニ研究(II)
防大校長・五百旗頭真ミニ研究(III) ・防大校長・五百旗頭真ミニ研究(IV)
防大校長・五百旗頭真ミニ研究(V)防大校長・五百旗頭真ミニ研究(VI)
防大校長・五百旗頭真ミニ研究(VII)防大校長・五百旗頭真ミニ研究 (番外編)
 
<<特集TOPへ    
<<主権回復を目指す会TOPへ